最高裁判所第三小法廷 平成4年(オ)283号 判決 1992年4月28日
上告人
いすゞ自動車株式会社
右代表者代表取締役
飛山一男
右訴訟代理人弁護士
竹内桃太郎
石川常昌
田多井啓州
吉益信治
浅井隆
右補助参加人
いすゞ自動車労働組合
右代表者執行委員長
赤池保
右訴訟代理人弁護士
渡部晃
被上告人
市川力政
被上告人
風呂橋修
右両名訴訟代理人弁護士
野村和造
鵜飼良昭
岡部玲子
福田護
右当事者間の東京高等裁判所平成二年(ネ)第三一八九号労働契約関係存在確認等請求事件について、同裁判所が平成三年一〇月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人竹内桃太郎、同石川常昌、同田多井啓州、同吉益信治、同浅井隆の上告理由第一点について
原審の適法に確定した事実関係の下において、上告会社が本件ユニオン・ショップ協定に基づき被上告人らに対してした本件各解雇が解雇権の濫用として無効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ(最高裁昭和六〇年(オ)第三八六号平成元年一二月一四日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二〇五一頁、同昭和六二年(オ)第五一五号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・裁判集民事一五八号六五九頁参照)、所論引用の最高裁昭和四三年(オ)第四九九号同五〇年四月二五日第二小法廷判決・民集二九巻四号四五六頁に抵触するものでもない。原判決に所論の違法はない。所論は、違憲をも主張するが、その実質は単なる法令違背の主張にすぎず、原判決に法令違背のないことは、右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。
同第二点について
論旨は、原審の認定しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
上告補助参加人代理人渡部晃の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
(平成四年(オ)第二八三号 上告人 いすゞ自動車株式会社)
上告代理人竹内桃太郎、同石川常昌、同田多井啓州、同吉益信治、同浅井隆の上告理由
第一点、原審判決は初審判決の「争点に対する判断」をすべて採用して本件控訴を棄却しているが、初審判決が引用する御庁第一小法廷の三井倉庫港運事件判決(昭和六〇年(オ)第三八六号平成元年一二月一四日)は、本件と異る内容の事実に関する判断を示したものであり、法律の解釈適用を誤った違法がある。
即ち、三井倉庫港運事件の場合はユニオン・ショップ協定において使用者は組合から除名された組合員に対しては解雇義務を負うが、組合から脱退した組合員に対しては使用者は解雇義務を負うと定めておらず、本件のユニオン・ショップ協定とは、判断の対象となる重大な事実を異にしている。しかも、同判決は、「有効に脱退若しくは除名されて組合員たる資格を喪失した場合」には「ユニオン・ショップ協定に基づき使用者が労働組合に対し解雇義務を負う」と判示した、日本食塩製造事件に関する御庁第二小法廷の判決(昭和四三年(オ)第四九九号、同五〇年四月二五日)と異る判断を示しているのではないかとも解されるので、仮りに若し御庁の前記両判断の間に矛盾がないとすればその理由の詳細を説示し、憲法第二八条の解釈基準を統一して、我国の労使関係の維持・発展の資とすべきである。
(なお、本件ユニオン・ショップ協定では組合員が所属組合から脱退したときは、使用者は当該組合員を解雇する義務を負っていること、被上告人両名の脱退が前記日本食塩事件判決における「有効な脱退」に該当することについては、初審以来上告人、及び補助参加人において詳細に主張し、立証してきたので、ここにすべて援用する。)
一、原審判決とユ・シ協定に関する最高裁判決の関係について
(一) 原審判決は会社の控訴を棄却したが、その「理由」については全て初審判決「事実及び理由」の「争点に対する判断」を引用している。
ところで「初審判決」はその「争点に対する判断」一、において
「 ユニオンショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず、又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者を解雇させることにより、間接的に労働組合の団結、組織の拡大強化を図ろうとするものであるが、他方、労働者には、自からの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があり、また、ユニオンショップ協定を締結している労働組合の団結権も等しく尊重されるべきであるから、ユニオンショップ協定によって、労働者に対し、解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制することは、それが労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害する場合には許されないものというべきである。このような観点に立って考えれば、ユニオンショップ協定のうち、同協定締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び同協定締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、民法第九〇条の規定により無効と解すべきであり、したがって、使用者が、ユニオンショップ協定に基づき、このような労働者に対してした解雇は、同協定に基づく解雇義務が生じていないのにされたものであるから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効というべきである(最高裁昭和六〇年(オ)三八六号平成元年一二月一四日第一小法廷判決参照)。」
と判示した。
(二) 右判示がその根拠として引用する三井倉庫港運事件判決(最高裁判決昭和六〇(オ)第三八六号平成元年一二月一四日第一小法廷判決―以下三井判決という)はユ・シ協定の効力につき、
「 ユニオン・ショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとするものであるが、他方、労働者には、自らの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があり、また、ユニオン・ショップ協定を締結している労働組合(以下「締結組合」という。)の団結権と同様、同協定を締結していない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきであるから、ユニオン・ショップ協定によって、労働者に対し、解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制することは、それが労働者の組合選択の自由および他の労働組合の団結権を侵害する場合には許されないものというべきである。したがって、ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、右の観点からして、民法九〇条の規定により、これを無効と解すべきである(憲法二八条参照)。そうすると、使用者が、ユニオン・ショップ協定に基づき、このような労働者に対してした解雇は、同協定に基づく解雇義務が生じていないのにされたものであるから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効であるといわざるを得ない(最高裁昭和四三年(オ)第四九九号、同五〇年四月二五日第二小法廷判決・民集二九巻四号四五六頁参照)。」
と判示した。
(三) ところが、三井判決の引用する日本食塩製造事件判決(最高裁昭和四三年(オ)第四九九号昭和五〇年四月二五日第二小法廷判決―以下食塩判決という)はユ・シ協定の効力につき、
「 ユニオン・ショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化をはかろうとする制度であり、このような制度としての正当な機能を果たすものと認められるかぎりにおいてのみその効力を承認することができるものである。」
と判示した上で、ユ・シ協定に基づき、使用者が組合に対して解雇義務を負う場合につき、
「 ユニオン・ショップ協定に基づき使用者が労働組合に対し解雇義務を負うのは、当該労働者が正当な理由がないのに労働組合に加入しないために組合員たる資格を取得せず、又は労働組合から有効に脱退若しくは除名されて組合員たる資格を喪失した場合に限定され、除名が無効な場合には、使用者は解雇義務を負わないものと解すべきである。」
と判示している。
(四) ところで、三井判決が食塩判決を参照しながらも、なおかつユ・シ協定の効力をさらに限定し、
「 締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、右の観点からして、民法九〇条の規定によりこれを無効と解すべきである(憲法二八条参照)。」
と判示しているについては、同事件特有の事実関係に理由があると解される。
即ち、三井判決の対象となっているユニオン・ショップ協定には、労働組合から組合員が脱退したことを理由として使用者が解雇義務を負う旨の定めはないこと、にもかかわらず当該労働組合は組合員から他組合への加入と脱退届を受理した直後に使用者に対して当該組合員の解雇を要請し、それを受けて使用者は脱退した当該組合員を解雇していること、その後当該労働組合は脱退した当該組合員を除名しているという事実に関する判断であって、本件における事実とは全く異るのである。
(五) このようにみてくると、食塩判決が前述の如く、「有効に脱退若しくは除名されて組合員たる資格を喪失した場合に限定」しているのに対し、三井判決がただ単に「締結組合から脱退し又は除名された」とだけ言って、食塩判決のように「有効な脱退若しくは除名され」と判示していないのは、「有効な脱退若しくは除名」については使用者が解雇義務を負うと判断しており、それは三井判決が「他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り」と判示する部分がこれに相当する判断と解されるのである。
二、憲法二八条の解釈について
上告人は食塩判決は勿論、三井判決においても、組合員が有効に組合を脱退し、若しくは有効に除名された場合には、仮に当該組合員が他組合に加入し、若しくは新組合を結成したとしても、なお使用者にユ・シ協定による解雇義務を認める余地があることを判示しているものと解するが、上告人がかく解するについては憲法二八条の団結権解釈につき団結体である労働組合の有する団結権(団結における権利)が個人の有する団結権(団結への権利)に優越すると解するからである。
(なお、御庁第一小法廷が平成元年一二月二一日言渡した日本鋼管事件判決(昭和六二年(オ)第五一五号)のユ・シ協定においては、組合員が脱退した場合には使用者に解雇義務を負わしておらず、この点三井判決の場合と判断の対象事実はほぼ同じであるが、本件の場合とは判断の対象事実を異にする。)
(一) 憲法二八条の趣旨について
(1) 団結権の団体的権利の優位性について
「憲法二八条の保障する勤労者の団結権その他の権利は、もともと個人的側面と団体的側面という二重の構造をもっている。憲法二八条は、『勤労者の』団結権を保障すると規定しているが、近代法の建前としては、団体的権利もまず個人の基本権として捉える。しかし、団結権は、労働組合などへの労働者団結の機能をとおしてはじめて具体化されるのであって、権利の実現形態としては、その個人的側面は後退して団体的側面が前面に浮び出る。労働組合の統制権や不当労働行為制度(差別待遇の不当労働行為も、個人の団結権保障それ自体を狙いとするのではなく、個人の権利保障を通じて労働組合という団体の団結権保障を究極の目的としていると解すべきである)も、労働組合という団体のもつ団結権の機能という視点に立ってのみ、その意義を正当に評価できるのである。したがって、団結権はすぐれて団体的権利としての性格を有する」(「ユニオン・ショップの研究」二九五・二九六頁 本田淳亮 有斐閣)
(2) ところで憲法二八条の保障する団体権の個人的側面、即ち労働者個人が持っている団結権(以下「団結への権利」という)と、団体的側面、即ち労働組合結成後のその団結体の団結権(以下「団結における権利」という)との関係を考察する必要がある。
「団結への権利」とは、個々の労働者が労働組合を結成し、もしくはこれに加入し、かつ組合の諸会議に出席し、意見を述べる等して討議に参加したうえ、議決権を行使するという方法で、組合の運営に参加することをその内容とする権利である。
これに対して「団結における権利」とは、個々の労働者が組合員となって後、全組合員の意思を総合的に統一して形成された労働組合としての意思決定に基づき、組合としての団結を維持し、組合としての運動を展開することを内容とする権利である。従って、「団結における権利」は、「団結への権利」を基礎とするものであるけれども、各組合員が「団結への権利」を行使した結果が止揚総合されて「団結における権利」が形成されたものであるから、論理的にいっても「団結における権利」は「団結への権利」を包容したもの、言い換えれば、「団結における権利」は「団結への権利」よりも高次元の権利と解すべきである。
また団結権の本質からいっても、団結体の構成員である個々の組合員とは別個に、労働組合という団結体そのものの存在が確認され具体化され、しかもその団結体は、構成員である労働者全体の意思と利益を代表するという地位に立つ存在であり、労働者個人の形式的な自由と独立に対する否定的契機を含みつつも、労働者連帯の意識(規範意識)にその存在基盤を見出す組織体である。従って、その団結体にあっては、一般の組織体に比べて特に団結体によって代表される全体の立場が重視されねばならない。個々の労働者は団結体という連帯社会の構成員たりうるが、その団結体は構成員の単なる集合体ではなく、構成員に共通の規範意識に基づく団結体としての独自の意思と行為能力を持つ一個の有機的組織体である。
前述の団結権の団体的側面というのは、まさに団結権をこの有機的組織体それ自体の権利として捉えることにほかならず、団結権の個人的権利たる側面よりはその団体的権利たる側面が優越することは、労働組合という組織体のもつ以上のような本質に根ざしていると解するのである(同旨の諸学説があることについては第一審会社最終準備書面九三~一〇七頁参照)。
(3) 本件において、被上告人ら(以下両名という)は上告人補助参加人(以下いすゞ労組という)を脱退するまでは、ユ・シ協定を締結し強固な団結力を保持するいすゞ労組に属していたがゆえに、会社の従業員たる地位を保有することができ、かつ個人では享受できなかった労働契約上の利益をいすゞ労組の団結体としての力により享受することができたのである。その団結力は、両名を含む各組合員が本件ユ・シ協定を認め、かつ多数決の原理に従って意思を結集し、いすゞ労組の運営を図るとともに、統一的な行動に出ることによって形成されたものである。換言すれば、組合員にはさまざまな意見・要望があるにせよ、いすゞ労組が職場討議を底辺とする意思結集の手段を尽し、反対意見も十分尊重した上で組合としての意思を集約したからこそ、会社はこれを尊重せざるをえなかったのである。
このように、いすゞ労組の意思は両名個人の形式的な自由と独立に対する否定的契機を含みつつも、「団結への権利」を弁証法的に止揚総合した結果であるから、いすゞ労組の団結権(団結における権利)は、両名の団結権(団結への権利)に優越するのである。
(4) そして、本件ユ・シ協定によりいすゞ労組が取得した権利は、「団結における権利」そのものであると言っても過言ではなく、かつ、同権利維持の中核をなす最も重要な基礎的権利であるから、「団結における権利」が「団結への権利」によって阻害されることがあってはならない。労働組合が使用者とユニオン・ショップ協定を締結しているということは、各組合員は「団結への権利」を行使する過程において、団結強制と組織強制を承認し、その組合を基盤として統一的な組合運動の展開に参加することを約束したのであるから、自己の所属する労働組合の団結権(団結における権利)を尊重し、これを阻害する行為はこれを禁じられており、場合によっては阻害する行為を排除すべき義務があると解すべきである。
(5) 以上述べた如く、憲法二八条の保障する団結権は、労働者の真の自由は、団結の内にのみ実現されること、更にその団結が労働力の全てを独占していること、即ち、全労働者が同一の労働組合に加入していることが望ましいこと等の、労働者の団結の歴史的性格ないし構造に即して承認されるに至ったものであって、組合の有する積極的団結権が個人の有する積極的団結権に基本的に優越することを当然の前提としており、又前述のとおり団結権の法的構造からしても組合の有する積極的団結権(団結における権利)は個人の有する積極的団結権(団結への権利)に優越すべきものと解するのが当然であるから、初審判決・原審判決は憲法二八条の解釈につき基本的な誤りを犯しているものといわざるを得ない。
(二) 労組法七条一号但書の趣旨について
労組法七条一号但書は、「労働組合が特定の工場、事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない」と規定するが、その趣旨は、
(1) ユ・シ協定は、当該事業場における労働者に対して、特定の労働組合への加入を強制するものであって、本来的に組合組織に対する介入的措置である。しかし、特定の工場・事業場に雇用される労働者の過半数を代表する労働組合との間に右協定を締結する限り、不当労働行為とならない。
(2) 当該労働組合に加入せず、またはこれから除名され、若しくは脱退した者を、使用者が解雇しても、不当労働行為とならない。
というものであり、前記食塩判決はその合法性を明確に認めている(尚、最高裁判決昭和二四年四月二三日第二小法廷判決 大浜炭鉱事件)。
(三) 別組合結成のための組合脱退の正当性について
(1) 憲法二八条及び労組法七条一号但書の解釈については以上述べたとおりであるが、本件のように会社とユ・シ協定を締結しているいすゞ労組(約一三、〇〇〇名)の組合員であった両名のみが同組合を脱退して、全造船労組に加入し分会を結成した行為は憲法二八条及び労組法七条一号但書の趣旨からして正当視し得るであろうか。
(初審判決・原審判決はこの点について両名には組合選択の自由があり、ユ・シ協定の効力は両名には及ばない旨判示するが、会社として到底承服できない。)
(2) 憲法二八条が保障する団結権の内容として、勤労者個人の組合選択の自由を包含していると解すること自体に誤りはない。
(3) しかしながら、本件の場合のようにユ・シ協定を締結している組合の所属組合員が同組合を脱退して新たに組合を結成し、または既存の他の組合に加入する目的をもってその所属組合から脱退する場合には、その所属組合の「団結における権利」と当該組合員の「団結への権利」との衝突が生ずる。
前述のように労働組合の「団結における権利」は、その所属組合員の「団結への権利」を止揚総合して形成された高次元の権利であって、「団結における権利」が「団結への権利」によって阻害されることがあってはならないのであるから、仮りに「団結への権利」の新たなる行使が是認されるためには、そのことについて特別な合理的かつ正当な理由の存在が必要である。更にいえば、現にユ・シ協定を締結している労働組合の団結権(「団結における権利」)以上にその所属組合員の新たなる「団結への権利」の行使を保護しなければならないような合理的かつ正当な理由がある場合に限って、右組合からの脱退が是認せられ、当該組合員に対してユ・シ協定の効力は及ばないと解すべきだからである。
この要件を設けないで、もし脱退者が別個の組合に加入し若しくは別組合を結成した場合にすべてユ・シ協定の効力が及ばないとするならば、ユ・シ協定締結組合の団結権維持のために最もその効用を発揮すべき必要があるときにユ・シ協定に基づく解雇要請を使用者にすることができず、また締結組合の組合員はユ・シ協定の存在を無視していつでも自由に締結組合を脱退することが可能となって、ユ・シ協定は事実上その効力を失い、空文化するに至り、労組法七条一号但書が多数決原理に基礎をおくユ・シ協定を認め、より多数の労働者による統一的な組合運動を擁護・助成しようとする制度も画餅に帰することとなり、憲法二八条の趣旨に明らかに悖る結果となる。
(4) ところでユ・シ協定は、組合員の共通の規範意識を基盤とし、多数決原理に従って民主的に運営されている労働組合への団結を強制する限りにおいて、その妥当性を認められるものであるから、組合員の規範意識が分解した場合(例えば組合の分裂、多数組合員の脱退)、またはその組合が自主性に欠けるとか、組合内部で多数決原理が形式的または実質的に機能せず、その結果組合員である個々の労働者の権益が害されるに至ったため、その組合から脱退したというような場合には、その脱退者の権利は保護されるべきであり、その者に対してはユ・シ協定の効力が及ばないと解されることがあってもやむをえない。ここに多数決原理が機能しないとは、例えば、組合規約に従って組合員総会が召集されないとか、組合内部で少数者の意見の発表や利益の主張が不当に抑圧されるか、または全く無視されるが如き非民主的な運営が行われている場合を指すのであって、単に、労働者の意見が結果的に組合にいれられなかったとか、組合の方針と異なるというだけのことでは、脱退を正当づける理由たりえない。何故ならば、組合が民主的に運営され所定手続を履践している場合には、個々の所属組合員の意思は組合の決定した意思の中に既に包容されていると解されるからである。
(5) また脱退の正当性の判断基準を論ずるに当っては、以下に述べる点も考慮する必要がある。
仮りに、組合員がその所属労働組合の方針や運営を批判し、労働者全体に共通する利益を獲得しようとするのであれば、まず組合内部において自己の主張の正当性、合理性を訴え、他の組合員の同調支持をえて、改善を求め、それが容れられない場合にはその同調者と共に別個の労働組合を組織し、統一的な組合運動を展開してその要求の実現を図るという挙にでるというのが、本来の団結権(「団結への権利」)の行使ではないか。
この意味において、嘗て判例理論としてユ・シ協定の効力を判断する基準として、「統一的基盤の存否」という観点から論じられたことがあるが、憲法二八条の趣旨からして今日もなお検討に値する判断基準の一つといえよう。
(6) さらに、一言すれば、初審判決・原審判決の如く、労働組合の選択も自由、脱退も自由というのであれば、労使間でユ・シ協定を締結している企業に入社した労働者がたとえ一名であっても、またさしたる理由もなく、或いは単に人間的好悪の感情等から、既存の組合から脱退して新組合を結成することも当然に容認されることになる。それでは労働者の「団結への権利」は個人的自由として擁護されるとしても、憲法二八条の実質的な団体交渉能力を高める意味での団結権(団結における権利)は保障されない結果となるのであって、かかる見解には到底左袒できない。
(四) 組合間の積極的団結権の優劣について
本件は、上告人会社における唯一の労働組合でかつ会社との間でユ・シ協定を締結するいすゞ労組の組合員が同労組を脱退し、企業外の組合に加入した行為の評価が問題となっており、組合の「団結における権利」と組合員個人の有する「団結への権利」が衝突する場合であるが、さらに、被上告人両名が脱退と同時に全造船組合に加入したので、いすゞ労組と全造船組合との二労組間の団結権の優劣についても考察する必要があろう。
(1) この問題の考察に当って、まずに明確にすべきは、会社が両名を解雇したのは、いすゞ労組を脱退し、いすゞ労組から解雇を要求されたからであって、両名が全造船組合に加入したことを理由とするものではないという点である。而も両名は、その配布したビラによっても明らかな如く、会社からユ・シ協定に基づきいすゞ労組からの脱退を理由に解雇されることを覚悟して全造船組合に加入し、全造船組合は右事情を承知の上で被上告人両名の加入を承認し、現に同組合員としての地位を認めているのであって、会社は両名の「団結への権利」及び全造船組合の「団結における権利」に対して何ら積極的に侵害はしていないのである。
換言すれば、両名は自らの意思をもっていすゞ労組を脱退したことによって本件ユ・シ協定に基づき解雇されるという個人的・潜在的身分が顕在化して、会社従業員たる身分を失っただけのことであって、このことは両名の全造船組合に対する団結権(「団結への権利」及び「団結における権利」)を阻害するものではない。もしいかなる場合でもユ・シ協定締結組合の組合員が他組合に加入し、又は別組合を結成した場合にユ・シ解雇が不可能になるというのであるならば、当該組合員の除名理由や脱退理由がいかに反組合的なものであっても、免罪符的な機能を果たすこととなり、ユ・シ協定締結組合の健全な発展を阻害する結果を招来する。
(2) 憲法一四条は、法律上同一条件にあるものは同一に取扱われるべきことを定めている。しかしながらユ・シ協定締結組合の団結権と非締結組合の団結権は、ユ・シ協定の有無という法律上の条件を異にするから、この点については右両組合は、法の下における平等原則の適用外にある。
この事は例えば、わが国の法律は私有財産制度を採用しており、全ての国民は同制度によって、平等に財産を保護されている。この意味においては、国民は全て平等である。しかし、ここでの「平等」とは、国民が平等に私有財産制度を利用することができ、かつ、これを利用した場合における効果が平等である、という意味であって、この制度を利用した者もこれを利用しない者も同様に保護される、との意味ではない(一例をあげれば、同一の不動産を二重に譲り受けた甲乙両者のうち、甲が先に登記を経由すれば、甲の所有権は対抗力を取得し、その結果、乙の所有権は否定されることとなる。しかしこれは甲が登記制度を利用した効果であって、なんら法の下における平等を害するものではない。)。
これと同様に、ユ・シ協定締結組合の所属組合員が組合を脱退して非締結組合に加入しようとすれば、ユ・シ協定によって解雇されることとなるから、非締結組合の団結権はその限りにおいて侵害されることとなるが、これは法律がユ・シ協定締結組合の「積極的団結権を保護することによって生じた一種の反射効に過ぎない」(住友海上火災仮処分事件・東京地決昭和四三年一一月一五日、労民集一九巻六号一五〇二頁)のであって、団結権の法の下における平等を害するものではない。「非締結組合の団結権も、締結組合のそれと平等に保護・尊重されるべきである」とする団結権平等説は、前記設例において登記を経由しなかった乙の所有権も、これを経由した甲の所有権と同様に保護・尊重されるべきである、とするのと同様の誤りを犯しているものである。
(3) また、憲法上の平等原則は合理的な理由によって別異の取扱いをすることまで禁止していないことは幾多の裁判例によって確立されているところであって(昭和二五年六月七日判決・刑集四巻六号九五六頁、昭和三九年五月二七日判決・民集一八巻四号六七六頁、昭和四五年六月一〇日判決・民集二四巻六号四九九頁、昭和四八年四月四日判決・刑集二七巻三号二五六頁、昭和四九年九月二六日判決・刑集二八巻六号三二九頁等)、前記両組合の間にユ・シ協定締結の有無という差異が存する以上、右差異に伴う合理的な範囲における別異の取扱いは、何ら憲法の法の下における平等の原則に反するところはないのである。
(五) まとめ
以上述べたところから明らかなように、初審判決・原審判決は憲法二八条の解釈を誤ったものであって、団体的権利の優位性を前提とする食塩判決の判示に基づいて憲法二八条、及び労組法七条一号但書を正しく解釈すれば、本件両名のような「有効な脱退」の場合は、ユ・シ協定に基づく解雇は認められて然るべきものである。
このユ・シ協定に基づく解雇については、過去の判例の中に不当な目的を以って行われた事例も散見される。しかしだからといって、その弊を避けるためにすべてのユ・シ協定の効力を否定するが如き解釈をすることは、角を矯めて牛を殺す類の過ちを犯すことになるであろう。
本件の場合、会社またはいすゞ労組は、両名がいすゞ労組を脱退するにつき、不正不当な行為をした事実は一切ないのであるから、両名のいすゞ労組脱退は正しく前記食塩判決の判示する「有効な脱退」に該当するのである。また、前述のとおり両名が全造船組合に加入しても本件ユ・シ協定の効力はなお両名に及ぶものと考えるべきであるから、両名に対する本件ユ・シ協定に基づく解雇が有効であることは明白であって、原審判決を破棄し、両名の請求をいずれも棄却すべきである。
第二点、被上告人両名の本件脱退は、団結権の濫用であり、原審判決の法律解釈には誤りがある。
初審判決は「争点に対する判断」二において、いすゞ労組からの両名の脱退が団結権の濫用と認められないとして、次のように判示する。
「 無論、協定締結組合の組合員が、専ら使用者の利益を図る目的で、右組合を脱退して新組合を結成するなど、労働者の団結権保障の趣旨に反し、団結権を濫用する場合には、ユニオンショップ協定に基づく解雇を有効と解すべき余地もあるが、本件においては、そうした事情は見当らない。」
と判示する。しかしながら、初審判決が団結権の濫用に該当する内容として「専ら使用者の利益を図る目的で、右組合を脱退して新組合を結成する」ことのみを挙げている点は狭きに失する。団結権の濫用は初審判決の摘示する場合のみに限定されるべきではなく、例えば本件における両名の如く、専ら所属いすゞ労組の弱体化を企図した脱退も反組合的・反労働者的であって団結権の濫用に該ると解すべきである。
本件脱退は、初審以来上告人及び補助参加人が詳細に主張・立証してきたとおり、いすゞ労組の組合員約一三、〇〇〇名中から両名のみがいすゞ労組の弱体化を図ることのみを目的としていすゞ労組を脱退したものであって、明白な団結権の濫用である。
それにも拘らず初審判決・原審判決が両名の右行為を権利の濫用として認定しなかったのは、民法第一条三項の解釈を誤ったものであり、その違背が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点からいっても原審判決は取り消されるべきである。
以上
(平成四年(オ)第二八三号 上告人 いすゞ自動車株式会社)
上告補助参加人代理人渡部晃の上告理由
第一点 原判決には審理不尽又は理由不備の違法がある。
一、原判決の引用する第一審判決(以下、単に「一審判決」という。)の「事実及び理由、第二事案の概要、一争いない事実、3」には次のような記載がある(一審判決四丁表)。
「原告両名は、昭和六二年一〇月二七日、日本労働組合総評議会全日本造船機械労働組合(以下、「全造船」という。)に加入し、被告会社における分会として全造船東部地方本部関東地方協議会いすゞ自動車分会(以下、「分会」という。)を結成するとともに、原告らの所属する参加人組合の支部にそれぞれ赴き、脱退の意思表示を口頭及び書面でした。」
右のうち「原告両名が、昭和六二年一〇月二七日、全造船に加入した」との点は、当事者間に争いがある(昭和六三年七月一九日付被告答弁書四丁表)。
従って、一審判決は、原告被告間に争いのある事実を「争いのない事実」として証拠調べを怠ったのであるから原審判には審理不尽、又は理由不備の違法がある。
二、加えて、補助参加人は、被上告人(被控訴人、原告)らが所属すると主張する「分会」が憲法二八条の保護を受けうる労働組合なのか否かを争っているのであるから、その点においても原審は証拠調べを怠っている。
さらにいうと、第一審及び原審の論理に従えば、自らが「分会」という「労働組合」に加入したと主張するのみで憲法二八条、民法九〇条により労働協約及び就業規則のユニオン・ショップ協定該当条項が無効となることとなり、きわめて不合理である。以上の点からも原判決には審理不尽、理由不備の違法がある。
三、補助参加人は、被上告人らの「分会」結成は「組織選択権(積極的団結権)の濫用」であると主張した(補助参加人平成元年二月二三日付準備書面(一)六丁表、同平成元年五月九日付上申書三丁表)。
この主張において「権利の濫用」を基礎づける事実が主要事実又は重要な間接事実となり被上告人(原告)らの認否及び当事者らの立証の対象となるはずである。
しかるに第一審及び原審は補助参加人の右「組織選択権の濫用」の主張に対する反論である被上告人(原告)ら平成元年五月二五日付準備書面(四)が提出されたのにもかかわらず、同書面を陳述すらさせなかった。
その訴訟指揮が、不当不公正であることは勿論であるが、一般に「権利の濫用」を基礎づける主要事実又は重要な間接事実については、相手方からの認否及び当事者の立証をさせる必要のあるところ、第一審及び原審はそれをしなかったのであるから、原判決には、審理不尽、理由不備の違法がある。
第二点 原判決には憲法解釈を誤まった違法がある。
一、原判決はユニオンショップ協定について次のとおり述べる。
「ユニオンショップ協定のうち、同協定締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び同協定締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し、又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、民法第九〇条の規定により無効と解すべきであり、したがって、使用者が、ユニオンショップ協定に基づき、このような労働者に対してした解雇は、同協定に基づく解雇義務が生じていないのにされたものであるから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効というべきである(最高裁昭和六〇年(オ)三八六号平成元年一二月一四日第一小法廷判決参照)。」(一審判決五丁裏)
そして原判決は参加人組合の組織選択権の濫用の主張に対して
「憲法第二八条の団結権の保障の中には、個々の労働者が労働組合を結成する自由、労働組合を選択する自由の保障が含まれていることはいうまでもなく、このような団結の自由を認める以上、所属組合を脱退して別組合に加入し、あるいは新組合を結成することに正当の理由を要求することは憲法の団結権保障の趣旨に反し、許されないものというべく、既存のユニオンショップ協定締結組合の団結の維持、強化を目的とする右協定の効力も、右の限度に制約されると解するのが相当である。」
無論、「協定締結組合の組合員が、専ら使用者の利益を図る目的で、右組合を脱退して新組合を結成する等、労働者の団結権保障の趣旨に反し、団結権を濫用する場合には、ユニオンショップ協定に基づく解雇を有効と解すべき余地もあるが、本件においては、そうした事情は見当たらない。」と述べる(一審判決八丁裏)。
原判決の説示中前半部分は、一審判決の引用のとおり、最判平成元年一二月一四日の論旨にそったものである(最判平成元年一二月二一日も同旨)。
しかし、右最判の論理は、被上告人が所属すると主張する「分会」が憲法二八条の保護に値する「労働組合」であることが証拠により確定された場合に初めて適用になるのであるから(労働組合と証拠により確定されない場合は、憲法二一条の「結社」にすぎないことになり憲法二八条の保護を受けえないことになる。)、その点について証拠調べをしなかった原判決は右最判の論理を適用しうるかどうか不明の筈であり、結局のところ、憲法二八条の適用の可否において憲法解釈を誤った違法がある。
二、右一審判決後半部分は補助参加人の「組織選択権の濫用」の主張に対する説示であるが、「組織選択権の濫用」(権利の濫用)の主張が認められれば憲法二八条に基づく組合選択権の効果が発生せず複数組合の存する場合でもユニオンショップ協定による解雇を有効と解する余地も存すると述べている(一審判決九丁表)。
しかしながら、原審は補助参加人の主張にかかる「組織選択権の濫用」の主張に対し、被上告人(原告)の認否もさせず、かつ証拠調べもしなかったのであるから、補助参加人の右主張の事実に対し憲法二八条の適用の可否が不明の筈であり、この点で原判決には憲法解釈を誤った違法がある。
第三点 結論
以上いづれにしても、原判決には審理不尽、理由不備、憲法解釈の誤りのいづれかが存し、破棄を免れない。
以上